マダム・バタフライインターナショナル

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    イベント情報

    世界コンクールの歴史

    第1回大会(1967年)東京

    1963年7月10日、東京・銀座東急ホテルにおいて、財界、政界、文化界有志200人出席のもとに、三浦環顕彰会理事、武智勝氏が議長となり、「三浦環賞」を制定して第1回マダムバタフライ世界コンクールを実現する決議を採択し、準備委員会を結成した。1964年には1年間海外のコンクール等についての調査を行い、1965年1月26日にコンクール実施のため実行委員会を設置し、東洋唯一の国際音楽コンクールが実現することとなった。1967年3月、三浦環賞・第1回マダムバタフライ世界コンクールを外務省、文部省支援のもとに、23カ国から代表歌手、審査員の参加を得て、国立劇場と虎ノ門ホールにおいて開催した。
    優勝したソ連代表マリア・ビエッシュをはじめ、極めて高水準の参加者による大会と評価され、初回にもかかわらず多大の成果を収め、東洋唯一の権威ある国際声楽コンクールとしての基盤を確立した。

    優勝
    マリア・ビエッシュ(ソプラノ)
    ソ連・現在モルドヴァ

    1934年、南モンドのボロンチェロフカに生まれる。キシニョフ国立音楽大学に学び、在学中より国民オーケストラのソリストとして公演を行う。卒業後、モルドヴァ・オペラ・バレエ劇場に所属する。
    スカラ座で自らの歌唱技術を完成させ、1966年に第3回チャイコフスキー国際コンクール3位、1967年に「第1回マダム・バタフライ世界コンクール」で優勝。やがてキーロフ劇場、ボリショイ劇場でも蝶々夫人やエフゲニ・オネーギンのタチヤーナ役などで活躍する。
    ヨーロッパ、日本、オーストラリア、南アメリカなどの世界中で公演を行い、数多くのレコーディングがある。現在もモルドヴァ・オペラ・バレエ劇場のトップ・プリマドンナであると同時に、東欧圏で最も有名なオペラ歌手の一人である。

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